音の質感

一九六八年、祖母は医師であった夫の視察旅行に同行し、最初で最後の海外旅行に出かけた。パリ、ベルリン、ローマ、コペンハーゲン、モスクワ、ジュネーブ、ニューヨーク、ハワイなどを周る世界旅行であった。各地で撮影した写真フィルムが、百枚ほど残っている。現像された写真としてではなく、映写機に入れて投影して鑑賞する写真フィルムである。祖母はカメラが趣味というわけではなく、九十三歳で亡くなるまでカメラを構えている姿を一度も見たことはない。祖父母自身が映っているのはわずかで、ほとんどが風景と人々の写真である。

おそらく小学校へ上がる前だろうか、リビングの壁にミノルタ社の小さな映写機で投影して見せてくれたのを憶えている。モスクワの病院で働く女性看護師や待合室でカードゲームをする男性たち。ソファに座る少女。街中をおしゃれな格好で並んで歩く三人の女性。晩年の数年間、ほぼ毎週会いに行き、入院してからもお見舞いによく行き、話をしていたのにも関わらず、この旅行の話を聞くことは結局なかった。

カラーフィルムの色は、幼い自分にとって最初に身近に感じた「世界の色」であった。モノクロではなく、普段見ていたカラー写真でもない独特の色合い。映写機のレンズのピントが甘いせいか、少しぼやけていてそこに映っているものよりも色へと意識は向いた。

「音の質感」を音楽のテーマの一つにしているのは、このときの体験によるのかもしれない。例えばピアノを録音するとき、コンピューターへと高音質で録音するのが普通であるが、古いカセットレコーダーに録音することで、味わいのある質感が得られる。懐かしい音が欲しいのではなく、その質感が欲しいのだ。また自然や街の音を集めるフィールドレコーディングも、それらを重ねて同時に再生すると、複雑な音の聞こえ方がする。人の声が一人だと内容まで理解でき、声色まで分かるが、何百人同時に話すとガヤガヤと表現されるように、塊としての音になるのに近い。音がいくつも重なっていくと地層の模様のようである。こうして得られる音響のような質感を求めている。

両親が共働きであったので、幼少の頃は本当によく祖母と過ごしていた。桃太郎やサルカニ合戦に始まり、家に泥棒が入った話や空襲で失った大事な万年筆の話など多くの話を聞いたが、一度きりの海外旅行については、フィルムを見せてくれるだけだった。旅の音はなく、映写機のフィルムを切り替えるときのカシャという音だけがある。まるで小さな窓から一九六八年の世界をほんの少し垣間見るようである。

孫の私が音楽家になったことは生前知ることはなかったが、この春、祖母の写真を使った展示を予定している。旅先で音を集め音楽を作っている私と、祖母の旅の記録とが交差するようなものになるだろう。回顧的な気持ちではなく、一九六八年の写真と二〇一九年の音とを重ねてみたいのである。

 

2019年3月7日掲載