ことば響き

新作の音楽制作に取り掛かっている。手を動かして作曲する前の、さらに構想を練る以前。「こういう感じ」の音楽を作りたいという漠然とした状態が最初はしばらく続く。舞台や映像の音楽依頼だとテーマなどがあらかじめ設定されていることが多いので、音楽の方向性は決めやすいし、調べるものも自ずと決まってくる。しかしソロ作品の場合は自分でテーマを設定しなければならない。かつ、そのテーマは本当に自分がしっくりきているものでないといけない。こういう音楽を作ろう!と意気込んで作り始めても、これは自分の本当に作りたいものかという疑問がうまれ、手が止まってしまうことも少なくない。深いところで流れている地下水脈のような欲求に耳を傾けながらじっくり時間をかけて自分の求めているものを探っていく。

曖昧でフラジャイルな「こういう感じ」が弾けて消えてしまわないように、本を読んだり、映画や展覧会を観たり、音楽を聴いたりして創作意欲を増幅させる。意識的にいろんなものに触れるようにするが、ふとしたことばの響きにもインスパイアされることもある。

五月にダムタイプ高谷史郎さんの舞台作品「ST/LL」(スティル)の上演のため、シンガポールへ行った。この作品は二〇一五年にフランスのル・アーブルで制作したもので、音楽は坂本龍一氏、南琢也氏と私の三人が担当している。

シンガポールには中華系、マレー系、インド系などの人たちがいて、その多くが母国語と英語の二カ国語を話す。街中の表記は英語、中国語、マレー語、タミル語などが並列している。ガムの持ち込みやゴミのポイ捨てなどは厳しく禁止されており、違反すると罰則がある。場所によっては飲み物も禁止されているので、街を歩くとき少しだけ緊張した。中心地には巨大なビルがいくつも並んでいて、勢いが感じられた。そんな中で、文化も宗教も違う人たちが一緒に住んでいるのがとても不思議に思えて、また興味を持った。

帰国日にはマレー系の女性劇場スタッフが車で空港まで送ってくれた。劇場で上演の準備をしている期間がラマダーン(断食月)だったため、イスラム教徒の彼女は日本からきた我々と昼食を一緒にすることはできなかったと言った。互いの文化や生活の話をしていると、私はこの国の多文化の中にほんの少しだけ入ることができたような気がした。そして会話の中で何度も出てくる「Malay」(マレー)という発音が心地よく、車窓から入るシンガポールの明るい日差しと合わさり、印象に残った。短い滞在中の出来事や考えたことの記憶は、このことばの響きに包まれて日本に持ち帰られたような気がする。

少し方向性が定まってくると、次はピアノを弾いて譜面を書いたり、音素材を集めてコンピューターで加工したりスケッチを重ねる。出来てきた音と「マレー」ということばの響きの中に私が感じたものとに、どれだけ客観的な関連があるかはわからないが、この間を行き来しながら完成を目指している。

 

2019年7月9日掲載