並走する時間

東京へ八月末から移動して、劇作家野田秀樹氏が率いるノダマップの新作『Q』(キュー)の稽古に参加した。今回はロックバンド「QUEEN」(クイーン)が公認で音楽担当のため、昨年と違って新作音楽を書き下ろすことはなく、名盤『A  Night  At  The  Opera』に収録されている楽曲が使われた。ただ楽曲を使うだけではなく、「ここでしか聴けない特殊な使い方」をプランするという仕事であった。改めて何度もアルバムを聴くと、細部には波のきらめきのように、アイディアとセンスが散りばめられていた。本作品は十二月中旬まで上演されている。

稽古の合間に、高谷史郎パフォーマンス作品『ST/LL』(スティル)の公演のため香港へと向かった。デモ隊と警察との衝突のため公演が危ぶまれていたが、劇場周辺はデモ活動があまり行われていない地域であったので、上演することができた。ホテルと劇場間はバス移動のみで、騒動に巻き込まれないために白もしくは黒の洋服を着て街を歩かないようにと劇場スタッフには繰り返し注意された。週末には混乱が激化したが、無事予定通り帰国できた。

並行してファッションブランド「コム・デ・ギャルソン  ジュンヤワタナベ」のパリコレクションでのショーの音楽を作っていた。パリには行かずに楽曲を送り、ショー当日の朝まで修正を重ねた。

プロジェクトが同時期に重なってくると時間の割り振りよりも、頭の切り替えが難しくなってくる。気分転換に映画やドラマを観ることもよくあるが、つい音がどのように使われているかに意識が集中してしまって疲れてしまうことがある。

今回の出張中は、洋画家の小出楢重やイタリア文学者の須賀敦子の随筆を一編ずつ寝る前に読んだ。須賀の文章は、私の知らないイタリアの風景を浮かび上がらせ、また今年夏に行ったローマの思い出をも呼び覚ませてくれた。それまで頭の中でしつこく繰り返し流れていた音楽はいつの間にか消えていた。

メッスというフランスの都市で、雲に覆われた冬に展覧会の設置作業に仲間たちと取り掛かっていたときは谷崎潤一郎『細雪』を読んでいた。毎日少しずつ完成へと近づく現場と物語の中で進む四季折々の出来事。この二つの時間の並走は心に余白をもたらせてくれた。

読書中にはいろいろなことが起こる。情景や音が浮かぶ、文体の美しさや技巧に感嘆する、違うことを考えてしまってただ目が文字を追っているだけのときがある。その時間は流れているのか、流れていないのか、どちらとも言えるのかもしれないが、現実とは違う別の世界がある。考える時間であり、考えない時間でもある。

どんなに好きな音楽でも、また心を込めて作った曲でも、あまりに繰り返し頭の中で鳴ると嫌いになってしまいそうになる。そうならないためにも、本を読むことで一度頭の中の音を止める。そしてまた次の仕事に取り掛かる。

 

2019年11月8日掲載