月記 2021年2月
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Mar 6, 2021

子どもが「ママ」と「パパ」とどちらを早く言うかということが関心事であったけれど、そんなことにこだわっていることが恥ずかしくなってしまった。まだ完璧には意味は分かっていないかもしれないが、「ママ」と「パパ」を同じ割合で無邪気に言ってくれる。ある時なんかは「マパ」と1単語でさえも50/50にしてくれた。

バギーを押して散歩しているといつも『子連れ狼』のことを思い出す。若山富三郎でも萬屋錦之介でもなく、田村正和主演の映画で私は育った。何回も観たはずなのに、思い出せるのはたった2つの場面。息子の大五郎に鞠か刀を選ばせるシーンと、傷を負った父の拝一刀(おがみ いっとう)のために大五郎が手で川の水を掬おうとするがうまくいかず、結局口に含んで飲ませるというシーンだけだ。驚いたことに今調べてみると、この1993年のリメイク版では乳母車は出てこないという。記憶はとても曖昧なものだ。さらに同じく田村正和主演の『眠狂四郎』とも記憶の中では混ざってしまっている。

『子連れ狼』と同じく小学生までに何回も繰り返し観たのは、ジャッキー・チェンはもちろん、真田広之主演『里見八犬伝』(真田の武器が2本の鎌だったので、祖父母の家の庭の草刈りを喜んでしていた)、三上博&ユン・ピョウW主演『孔雀王』(サウンドトラックがまだ頭で鳴ります)、ケビン・ベーコン主演『トレマーズ』(学校を休んだ午前にいつも観ていたはず…)。止まらなくなるのでやめておこう。

 


 

「ADAGIA」という自主レーベルを密かに一昨年設立して、映画のサウンドトラックやライブ音源などデジタルのみで発表している。先日、次に出そうと思っている音源のマスタリングをドイツのスタジオに依頼した。最後の調整であるマスタリング作業を別の人にやってもらうのがとても好きだ。どんな音になるのか楽しみでたまらない。

久しぶりに自分で段取りを組んでやっているので、20代の頃に夜な夜なデモを海外レーベルに送っていた感覚を味わっている。何十回といろいろなところに送ったが、基本的には返事はなく(“Silence  means  NO.”)、良い時で「いいけれどジャンルが違う」(“Another Galaxy”)と言われたり、ほとんど断られていた。それでも、この世界のどこかで自分の音楽がもしかして聴かれているかもしれないと思うと嬉しくて、諦めることなく作り続けた。

2月は和田萌監督のドキュメンタリー映画『であること Being』のテーマ曲とソウル在住のアーティスト、ぺ・ソンヨン展の音楽をリリース。

 


 

今月とても印象に残ったのは、下地ローレンス吉孝『「混血」と「日本人」』(青土社)、映画Bryce Dallas Howard『Dads』、Simon Stone『DIG』、Ron Howard『Hillbilly Elegy』、John Crowley『The Goldfinch』、Destin Daniel Cretton『Just Mercy』、Mimi Leder『On the Basis of Sex』。