ESSAY 2020
  • Essay

 | 

Jun 25, 2020

「ネムノキ」

五月上旬、洗濯物を干しにベランダに出ると、家の前の通りはしんとしていた。例年ならこんな気持ちのよい暖かな日には大きな声で話しながら人々がたくさん往来しているが、今年はぽつりぽつり。人が通り過ぎるとしばらく静寂が訪れる。鳥の声がはっきりと聞こえて存在感が増している気がするのも、階上に住んでいる家族の会話がいつもより大きく聞こえるのも、周りが静かになったからであることに気付いた。音はとても相対的なものである。

その頃、リビングのネムノキが初めて花を咲かせた。小さな新芽を見つけていたが、花が咲くとは思わなかった。細いおしべが放射線状にひろがり、ふんわりと丸く、白く澄んでいる。背丈は二メートルほど、幹はまだ細い。夜になると就眠運動をし、葉を閉じる姿がとてもかわいらしい。外に出ない生活が続く中、このネムノキは様々な変化を見せて楽しませてくれる。

四月に子どもが生まれた。早産児で予定日まではまだ五週間もあった。感染症拡大防止のため立会いはできず、私は家で待機していた。低体重児だったので、すぐに新生児集中治療室(NICU)に入った。生まれた直後に二度面会が許されたが、次に会えたのは退院するまで約一ヶ月待たなければならなかった。冷凍した母乳を病院に毎日届けに行き、看護師さんに渡してはとんぼ返りの日々が続いた。少し前のことなのに、この時期、家でどのように過ごしていたのかをあまり思い出せない。こころ此処にあらずだったようだ。

ネムノキの花が咲いたのは退院の日だった。一緒に暮らすようになってからは、家の中が賑やかになって、階上の音がほとんど聞こえなくなった。春から出張などはすべてキャンセルになったが、思いがけず子どもの成長に毎日立ち会えることになった。

私は、ゴボウやレンコン、ジャガイモなど根菜の名に適当な節をつけて歌う癖がついてしまったが、これを聞くと子どもはすぐに泣き止み、よく眠る。しかし、こればかりもよくないと思い、松尾芭蕉の「奥の細道」を読み聞かせることにした。意味が分からなくても名文は声に出して読むと抑揚やリズムがよくて気持ちいいはずだと考えたが、実際にこれもよく寝てくれて効果があった。読み手の私は、赤子を抱きながら芭蕉や曾良を追いかけて旅をしているような心地になってなかなかいい。

子どもが集中治療室に居たとき、数メートル離れた隣のベッドにいた子とは泣くタイミングが同じで「友だち」だったそうである。人通りが増えてきた五月下旬、窓の外を見ながら子どもを抱いて、次にこの子に友だちができるのはいつだろうか、と憂いた。まだ私や妻の親や親戚、友人たちにも会わせていない。低体重児として生まれたのもあり、免疫力が低く、感染症には十分に警戒したい。この先、まだしばらくは外出は控えて過ごしたいが、どこまで可能だろうか。

ネムノキは眠っている子どもを覆うように枝葉を伸ばして、静かに見守っている。それにしても子どもの退院のお祝いに花を贈ってくれるとは何とも気の利いた木である。

(京都新聞夕刊「現代のことば」第13回目:2020年6月25日掲載)

 

 

「音を集める」

四月に初めての子どもが産まれた。感染症拡大防止のため、出産立会いはなし。予定日よりも五週間早い出産となったので新生児集中治療室(NICU)に入った。新生児に必要という病院の判断から、産まれた夜と三日後には面会を許された。その後は毎日自転車で冷凍母乳を病院に届ける日々が続いた。子が寝ているほんの数メートルのところまで来ているのに会えない。看護師さんに「今日も元気にしていますか?」と尋ねるのが楽しみだった。

約一ヶ月が経ち、退院の日。病棟に入るのに医療用ガウンを着用する際、急に蝶結びのやり方がわからなくなった。よほど興奮していたようである。帰宅して手を洗いながら、ほっと一息ついていると、リビングから子の泣く声が聞こえた。天井が少し高いリビングは声がよく響く。その響く泣き声を聴いて、ああ、これから一緒に暮らすのだと思った。生活空間の聞き慣れた音響の中に新しい声が入ったのだ。

私は音楽をつくるとき、ピアノや弦楽など楽器、電子楽器の他にフィールドレコーディングを扱う。これは主に野外で録音することで、波や風の音といった自然音から街の音まで、あらゆる音を録る。 それらをコンピューターの中に取り込み、組み合わせていく。

音を集めるのはとても楽しい。特に旅先ではレコーダーを持って歩き回ったり、ホテルの一室で窓からの音をよく録音する。

録音していなくても、印象的な音を心に留めるだけのときもある。雨が降った翌日に雨どいから水が滴る音は美しく、しばらくその音を聴くと気持ちが少し豊かになるようだ。文学の中で描かれている音風景をしみじみと鑑賞すること、それも音集めである。有名なところでは芭蕉の「奥の細道」だろうか。

耳を澄ますとこれまで気づかなかった音世界が広がる。街で立ち止まってみると、車の音が追い越していく。通りすがる人たちの会話の断片が聞こえ、やがて凪のように静かになったと思うと鳥の声が聞こえる。このような一連の音の流れは作曲のヒントにもなる。

昨年十二月、福岡天神の三菱地所アルティアムで開催された「音と旅する鉱物展」は、九州大学の所有する鉱物コレクションと音を展示するという稀有な企画であった。九大を訪れて、鉱物を叩かせてもらって音を録音したり、特殊な小型スピーカーを使って鉱物の中から音が聴こえてくるようにしたり、あるいは音に埋没できるように工夫することで、単なるBGM(背景音楽)にならないように心がけた。このときの作曲やスピーカーのセッティングなども自然の中で聴いた音の経験を参考にしている。

集めた音をときに聴き返す。写真や映像を見るのとは違った感覚がある。たとえば静かな夜には、印象的だった音は次々に思い出されては消えていく。地中海の石浜の波音、窓から入ってくるアジアの街の遠い喧騒。姿は見えない鹿の鳴き声。情景も、そのときの心情までも一緒に浮かぶことがある。

先述したリビングの泣き声は、私の大切な音体験の一つに加わった。これからずっと私の中で響いていくだろう。

いま皆さんの中にはどんな音が鳴っているだろうか。

(西日本新聞「随筆喫茶」:2020年6月21日掲載)

 

 

「パッション」

新作アルバムが昨年の晩秋に完成した。音楽とともにこれからも人生を進んでいく決意を込めてタイトルは「PASSION(パッション)」とした。ピアノとコンピューター、フィールドレコーディング(環境音)に加え、今回は邦楽器の笙や能管、ペルシャ楽器のサントゥールの音を入れている。

「パッション」という言葉を見るとすぐに「情熱」という訳語を思い浮かべるが、「(イエス・キリストの)受難」という訳語もある。バッハの有名なマタイ受難曲は英題「St Matthew Passion」である。パッションフルーツも花の一部が十字架に見えることから名付けられている。

この相反するような二つの訳語がどうしてあるのか以前から不思議だった。語源を少し調べてみるとラテン語の「pati」に遡る。諸説あるが、キリスト教における意味の発生以前は「耐え忍ぶ」や「経験する」「受ける」といった意味であったらしい。

パッションという言葉を少し拡大解釈して「受け入れること」と捉えてみてはどうだろうか。
世の中には受け入れたくないことがたくさんある。自分が思い描く理想と異なる現実。決して分かり合えないのではないかと思える意見やコミュニティの人たち。人間の力では及ばない自然現象など。しかし我々は同じ世界、地球で生活し、生きなければならない。自らが置かれている状況を把握し、拒むのではなく受け入れることは決して楽ではなく、強い意志が必要である。このように考えると訳語としての「受難」と「情熱」は深いところで繋がっていると思える。

音楽に対する気持ちは燃え上がるような炎というより、地下に流れつづける水脈にたとえた方が私にはしっくりくる。この先何が自分の身に起こってもそれを受け入れ、それでも音楽をつくり続けていくということだ。中学生のときに音楽家になる!と決心したときはまだ片方のパッションしかなかった。

耳を澄ますこと、聴くことも受け入れることと似ている。日常では気づかない音に意識を向けること。これは何の音なのか、なぜ気になるのかと問いを立てる。どこかで聴いたことがあるかもしれないと記憶を探り、他の音と重なるとどんなふうになるだろうと考える。音を聴いて、音をつくる。この両方があって初めて音楽が成立する。聴くことは重要であるがそれだけでは音楽は生まれない。つくらないといけない。

うっかりすれば受け入れることは妥協や従属になってしまう。状況を深く考え、何をするべきかを判断し、強い情熱を持って前に進まなければならない。力強く引いた弓は鋭い矢を放つように、二つの指向を持つパッションを今まさに持たなければならないのではないか。

苦しくて嫌なことばかりではない。今ある幸せと、次の幸せ、そして必ず訪れるであろうまた別の幸せも同じように受け入れるのだ。

(京都新聞夕刊「現代のことば」第12回:2020年5月8日掲載)

 

 

「食べること」

時折、仕事中に無性に台所に立ちたいと思うことがある。料理が得意というわけではないが、何か作りたくなるのだ。以前は買い物に行って食品を見ながら何を作るか決めてみたりしたが、そうすると一から材料を買い集めなければならず、無駄が多くなる。今は少し賢くなって(当然のことなのだが)、家にどんな食材があるかを見つつ、自分は何を作りたいのかを考えるようになった。下手なりにもごくたまに奇跡を起こすこともある。

一度、本当に美味しい中華粥が出来たことがあった。まさに味をしめた私は翌朝から毎朝、中華粥を作った。作りすぎて妻に飽きられた。いわゆるビギナーズラックだったようで翌日からの味は奇跡には至らなかった。それでもある一定のレベルは保てるようになった。

最近はメキシコ料理のタコスを作ることが楽しみである。妻にアドバイスを受けながら進めていく。教えてもらったことは小さな手帳に書いて、戸棚の上に置いている。そこには土鍋での米の炊き方や生姜の剥き方など「レシピ」までは至らない基本的なことばかりが書いてある。タコスにおける私の唯一の強みは、二年前に出張で行ったメキシコで現地の人たちに連れられていろいろなタコスを食べさせてもらったことだ。私がぎこちなくタコスをつまむと、同席していたカタリーナという女性が、こう食べるのよ、とタコスを片手ですっとつまみ、顔を傾けて横からガブリと食べてみせてくれた。そして今度は私が、こう食べるんだよ、とまるで南アメリカ大陸から食文化を最初に持ち帰ってきたかのように食卓で披露している。

旅先で食べたものを家で作って食べることは、なかなか面白い。一緒に旅したのなら、尚更その食事の周辺の情景までが浮かび上がり、共有できる。そして大げさではなくその国の文化や歴史などについて新しい視点が得られるように思われる。タコスは私の家の料理のレパートリーとして定着しつつある。

食事がより楽しくなったのは三十代に入ってからだ。素材そのものの味、味の重なりや時間とともにする変化、そして盛り付けの効果に気づき始めたのだ。食材の産地や目の前にある料理がどのような文化圏に属するかを考えたりすることに興味を持つようになった。すると記憶の奥にあった食事の場面がいくつも思い出された。祖母がよく「いろんなものを食べなあかん」と言っていたのは、栄養のために何品目も食べなさいという意味だけではなかったかもしれない。食べられないことの恐ろしさが分かるようになってきた。故水木しげる先生の「戦争はいけません。腹が減るだけです」という言葉の本質へ漸近線上で少し近づけるのではないかと思った。

音楽が料理に例えられることは多々ある。音楽にとどまらず、耳を澄ませばそれまで気づかなかったたくさんの音が立ち現れてくる。目の前の食べ物をより深く味わうことを知れば、漢詩に書かれているような遙か昔の世界、夜に琴を鳴らす静かな情景なども文字通り味わえるような気がする。

(京都新聞夕刊「現代のことば」第11回:2020年3月2日掲載)

 

 

「音の重なり」

ある朝、目を覚ますと天井や壁など至るところから金属音がしていた。どうやら近隣の工事現場の足場の音のようだが、とにかく美しい。まるで水琴窟の中に入ったかのような音で部屋全体が鳴っていた。録音しようかと思ったが、寝床でじっと聴いているといつの間にか音は止んでしまった。時々、こういう思いがけない音に出会う。

音の体験が蓄積していくと音の類似性に気付くようになり、面白い。例えばスズムシの声と私の家の洗面所の電灯が出している微細なノイズは似ている。実家にいた頃、換気扇と冷蔵庫の音を、母は私の音楽が鳴っているのだと間違えたこともあった。

静寂の体験も面白い。十代の頃のある年の元日。夜に外を歩いていると、いつもは車も人も絶えない道に自分ひとりだけで、何も音がしなかった。街灯から街灯へと飛び移るように早足で急いだのを覚えている。いつもと違う無音の街の様子が奇妙に感じたのだ。

何か別のことを想起したり、思いを馳せたりする音楽を作るには、こういった経験が作曲のヒントになる。

福岡で開催されている鉱物の展覧会のための音楽を作った。九州大学が所有している鉱物のコレクション展で、音を聴きながらを鑑賞する。

鉱物の音を考えたとき、最初にじっと動かず何も音を発しない石、すなわち沈黙を思い浮かべた。しかし記憶を探ると、奈良県談山神社で観た能舞台で切り火をする火打石があった。またフランスのニースの石浜では、波に引かれ、ひしめき合うように無数の丸い石たちが鳴っていた。その他、石にまつわる音として、石琴のような楽器。少し拡大解釈を許せば、夜中にしくしくと泣くという「夜泣き石」の言い伝えや芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」も入れられるだろう。

鉱物は数百万年、十数億年をかけて変化してきた結果である。時には植物も地層の中に沈み、長い時間を経て化石になり、鉱物の仲間になる。我々が日頃感じている感覚をはるかに超える長大な時間の表現に、音楽あるいは音は有効だと主催者は考えたという。

鉱物を叩いて音を録音したり、隕石もあったのでNASA(アメリカ航空宇宙局)が公開している音を使ってみたり、どうすれば来場者が自由に想像力を膨らませながら鑑賞できるかを試行錯誤した。

人と音との関わりについて考えることは、音楽を作るためにとても重要であり、難しい。置かれた状況、その時の気分や体調によって、音や音楽の捉えられ方は変化する。気持ちのいいものも、不快に感じられたり、あるいはどちらでもない、全く気にも留まらないようなものにもなることもある。またある人たちにとって好ましい音は別の人たちにとっても同じように好ましいとは限らない。

至るところで複数の音が同時に鳴っており、その境界は曖昧である。音は重なり、いろいろな音風景ができる。私たちひとりひとりがその風景の中にいて音を重ねている。

(京都新聞夕刊「現代のことば」第10回:2020年1月6月掲載)