「戦前」の音楽家にならないために #1

 息子が1歳の頃から、一緒に圧力式のエスプレッソを毎朝作っている。少し言葉が話せるようになってふたりのお店を「パンダコーヒー」という名前にした。4歳になった今では豆の量を測ってグラインダーで挽き、特殊なフィルターの折り方も覚えて、お湯を注ぐ以外をひとりでできるようになった。

 キムチもママと一緒に仕込む。「MEXICO」と刺繍されたエプロン、マスクとゴム手袋をつけて。彼が生まれる前にメキシコシティで買ってきたエプロンを彼がつけているのをみると不思議な気がする。

 「早く大人になりたいなあ。大人になったらコーヒー飲んで、キムチを食べて、お酒をママとパパと飲む。」

 ある日、食事中にこの言葉を聞いて、涙が出るほど愛おしい気持ちになった。まだ幼くてどの味も自分で味わうことはできないのに、一所懸命に手伝ってくれる。食いしん坊で料理をするときはいつもたくさん味見をするのに、まだ飲めない・食べられないものに関しては全く手をつけない。コーヒーが飲める、キムチが食べられるようになるのは、どのくらい先のことなのか、まだ客観的にその時間を計ることができないが、そのときを小さな体全身で楽しみにしている。

 遠く離れたガ ザにいる子どもたちも、このような楽しみをたくさん持っているだろう。だれでも必ず実現できるはずの小さな楽しみ。子どもたちにとっては考えるだけで体が弾んでしまいそうな楽しみ。それが奪われている。我々大人が命とともに奪っている。武力は絶対に人間に向けて行使されるべきではない。正当化してはいけない。

 戦後30年に際して、音楽評論家・作曲家の秋山邦晴はこう言っている。

「今日の音楽状況は、かつてあったように楽壇といった狭い世界や作曲界といった仲間意識に閉じこもっていることはゆるされないほど、複雑で熾烈な問題に直面している。(中略)作曲家はいま社会のなかで発言すること、参加すべき行動の必要が時代によって要請されているのだ。かつてのようなたんなる政治意識による音楽的行動ではない。音楽を普遍的な人間の活動の場のなかにひきだして、さまざまなかたちでそれに積極的に対応することが求められているのである。(中略)今日、作曲家はかつてのように、技術のことを考えるだけで「作品」ができあがってしまうような狭い創作の場にいることはできないのだ。普遍的な人間活動の場で思考し、行動し、創造する知性的な存在でなければならないのだ。」 (秋山邦晴『昭和の作曲家たちー太平洋戦争と音楽』みすず書房、序章より)

 この言葉は戦後80年の今、強烈に突き刺さる。

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